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銀の歯形

 絵画の制作においてキャンバスに施す下地処理は、 絵の具の発色や定着の意味からも重要な行為だと思われます。また下地としてのマチエールは、 絵の具の物質感の表現に効果をもたらせます。しかし多くの場合、 下地は下地のみの意昧を持ち、 絵画の主題にはなりえませんでした。つまり表現を助けるための過程のひとつでした。今回の作品では下地を下地として意味を持たせるのでなく、 絵画を構成する主題のひとつに引き上げることを目的としました。それと同時にRusty Fieldで顕著に提示したfigure (描かれたもの)とground (それ以外の部分)という二分割ではなく、 その2つを同価させたようなものを表現したいと思います。


 まず木製パネルに綿布を接着します。その上から任意の形の綿布を接着し、 乾燥後、 マ ットメディウムを水平に置かれた画面にたっぶり置き、 同様に鉄粉を全体に撒いていきます。鉄粉はメディウムにより綿布に定着されます。この段階で画面は、 任意の形に貼られた綿布の痕跡を残しながら鉄粉が全体を覆った黒い状態になります。メディウムの乾燥を待たず黒い画面をへらなどで引っ掻き、 描いていくと引っ掻かれた部分は綿布が露出した状態になります。それを乾燥させた後、 画面に残っている余分な鉄粉をブラシで落とし、 描画の過程の大部分はこれで終了です。

 


 引っ掻かれた部分のみに槙重に過酸化鉄液を塗っていき酸化を促進させ、 その後全体を水で洗うことにより余分な過酸化鉄液を流し落とします。水分の乾燥と同時に画面は錆び始め、 思いもよらない色に変化します。赤錆を、 フィキサチー フで定着して作品が完成です。今回の作品で使用した画材は、 絵の具や筆といったものではなく、 また制作のプロセスも違います。作品に下地やfigureとgroundといった2つの分け万は存在せず、行為の痕跡が残っていくだけです。

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