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赤い森
赤い森とは、チェルノブイリから10km圏内にある森のことです。1986年4月26日、今から25年前、チェルノブイリ原子力発電所の事故により放出された高レベルの放射性物質を取り込んだことにより枯死した松が赤茶色に見えたので「赤い森」と呼ばれています。この場所は現在でも世界で最も汚染された地域の1つだそうです。日本において同じ悲しい出来事が東北で起こっています。25年前このチェルノブイリの事故をニュースで知り何かを織り込まなければと作品を作り始めました。しかし完成することなく、長い時が経ちそして東北で大震災が起こりました。私の中でチェルノブイリは日々の生活の中で風化していました。
遠い国の悲惨な事故が身近に起こっています。情報は錯綜し何が真実なのか、何を信頼するのかわからない状況です。早もうテレビはこの悲惨なニュースを伝えながら、温泉旅行の特集を流したりしており、福島は香川からは遠いウクライナのように聞こえます。普段、原発についてなど考えたことはありません。この先、私たちはこの事故をまた忘れてしまい日々の生活が始まるのでしょう。しかし今、私たちは考えることができます。今、急に原発に反対するつもりはありませんが、原発の少ない生活は可能なはずです。天災で多くの人が亡くなり、今後、人間の作った原発によりより多くの人達に長く暗い影響が続くことでしょう。このことを忘れてはなりません。私が25年前の作品を完成させる機会は今しかないような気がします。日本の赤い森を目にするまで、私たちの記憶を風化させないためだけにこの作品はあります。現地で復興活動はできませんが、今私にできることはこれくらいのことだと思っています。
有史以来、人類は火を手に入れました。はじめは灯りや料理や、暖のために使用していたのでしょう。いつしか外敵を追い払うためにも火を使い始めました。しかし牙を持たない人間は獣から身を守るために仕方がなかったのです。生活が潤うと欲求はより強くなっていきます。多くのものを手に入れるため火は使われ始めました。戦争など領土を広げるためにも使われ多くの人間や動物が死んでいきました。ある時、自分で消すことができない火を見つけてしまった人間は、環境保護の名目としてこの火を正当化しました。福島でもこの火は消せません。消したとしてもこの先、くすぶりは長い間続くでしょう。事故の前の美しい自然は取り戻せません。今もチェルノブイリの赤い森は居住制限がなされておりゴーストタウンになっています。チェルノブイリ発電所はコンクリートで固められ石棺化しています。放射能を中に封じ込めた状態なのでしょう。
石棺は永遠ではなく、耐用年数は少なくとも30年といわれています。コンクリートや鉄筋部分の腐食が進み、亀裂から放射性物質が外部に漏れ出しているのが現状で、内部には約200トンの核燃料が残されているとみられ、石棺が崩壊する事態となれば深刻な放射能汚染が懸念されます。火は消せても放射能を完全に封じ込めるのは大変難しいことなのです。今、私たちは遠いウクライナのように福島の事故自体を、記憶の石棺に封じ込めようとしています。時間とともにこれは確実に忘れ去られます。人間は勝手なもので今は忘れようと無意識に努力しているはずです。チェルノブイリの事故以来作り始め、当時、版画の作品を作ろうとしていたのでシナベニヤに凹凸をつけ。コラグラフの版として作りかけていたものです。この作品は自分の記憶に刻むために制作しました。本当は1986年から忘れてはいけないことだったのです。作品は鉄粉や銅などのメタルペイントと酸で描いています。変わり行く酸化で時の流れと私たちの不明瞭な記憶を表現しました。作品にはもうひとつ仕掛けがあります。部屋の電気を消してもう一度作品を眺めてください。そこにはコンクリートで石棺化されたチェルノブイリ発電所が緑色に浮き上がります。エルヴィス・コステロのアルバム名でもある「TRUST」という文字とともに。電気を消すと現れるという皮肉に気づくことでしょう。今流れている情報も信頼できません。たぶん情報は取捨選択して小出しに流されることでしょう。時の流れの中で風化していく作品ですが、記憶は風化されないようにと思いをこめました。このことは秘密にしようと思ったのですが、所有者しか気づかないことなので記しておきます。 (2011.4/5)
● トラスト(trust)は、英語で信頼、信用を意味する。
●ナショナルトラスト運動は自然環境等を経済的な理由での無理な開発による環境破壊から守るため、市民活動等によって買い上げる・自治体に買い取りと保全を求める活動である。
●「TRUST」は、1981年発表のエルヴィス・コステロ&ジ・アトラクションズのアルバム。エルヴィス・コステロの作品中でも最もドラッグの影響下にあった作品である。
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